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うさぎの独り言

第六回

品質事故は何故おきる
- 何故品質事故は止まらない? -

■ 建築における品質事故

塗装業界の皆さんは、聞いたことがありますでしょうか?

昨今、“品質事故”という言葉が、建設業界でも多用されるようになりました。“クレーム”と言う言葉が昔からありますが、これはお客さまから問題を投げかけられる形で品質上の欠陥を指摘されるケースが多いと思います。

これに対して、品質事故とは、製造者側が製造中に自ら発見する品質上の欠陥を指す言葉だと思います。最近では、製造者責任が重要視されてきています。

塗料関連でもVOCやシックハウス症候群への対応は以前にもまして急がれていますね。更には、もっと大きいテーマの環境問題対応など製造者側に課せられる課題は増加の一方です。

“品質事故”という言葉は、まだ、クレームほど一般的、慣用的には使用されておらず、読者の方には耳新しい言葉かもしれませんが、リコールなどが日本でも頻繁に取り沙汰されるようになっており、これから益々品質

保証などの重要性が増加していくと思われますので、今回はその辺のお話をしたいと思います。文中、筆者の独断と偏見に近い発言も出るかと思いますが、建設業界が今より少しでもよくなるようにとの思いからですので平にご容赦くださいませ。

■ 品質向上、TQCによる意識の大革命

かって、ゼネコンを中心にTQC(トータルクォリティコントロール)をこぞって導入した時期がありました。本来、同一製品を大量に作る工場生産を対象にしたTQCが、果たして、一品生産でかつ野帳場に合う管理手法か、導入初期には大いに議論されましたが、多くのゼネコンで導入され、やがてサブコンにまで普及していき、建設業界全体に定着していきました。

5W1H(いつ、どこで、誰が、何故、何を、どうやって)の考え方やPDCA(PLAN計画、DO実行、CHECK検査、ACTION行動)という基本動作の行動様式は、建設現場における作業・役割分担や時系列的な業務の整理に極めて有効な手段となりました。また、種々の統計的手法が現場の品質管理にも導入され、躯体工事、仕上げ工事の各段階できちっとしたQC(クォリティコントロール)が適用され、すばらしい製品が生み出されるようになりました。

こうしたTQCの考え方が、ゼネコンやサブコンに共有化され、共通の意識として現場に定着した結果、一見、錯綜しがちな現場作業が整然とし、現場内も非常にきれいになり、近代的な製造工場化した感覚を抱いたのは、筆者だけにとどまらないと思います。

当事の私は、技術課長の駆け出し時代でしたが、形だけでなく、実際の品質基準の考え方やプロセス管理が徹底され、ものの出来栄えも飛躍的によくなった印象を今でも覚えています。日本規格協会の6ヶ月に渡るTQC講座を受講させてもらった後、中堅社員として色々な仕上げ工事の品質管理を担当させられましたが、自分を含めて、建設業に従事する人々が、まさにTQCでいう“精神作興”されたのがこの時期でしょう。“建設業にも近代化の萌芽が見えた。”、そんな感じを実感できたものです。

■ バブル時代の到来と共に

ところが、折角作興された精神もバブルの到来と共にものの見事に崩壊していったように思われます。まさしく泡のように短時間で消え去ったように感ずるのは筆者だけでしょうか。

仕事量の増加、社員不足、職人不足からあちらこちらで“外注化”が連呼されるようになりました。本来の職務を忙しさから社外のものに任せる、そんな感覚が当たり前のように採用されていたように思います。極端な言い方をすれば、ただただ、工事の進捗に力点が置かれ、工事の追い回しに終始し、真の技術や真の管理能力は、外注化された末端の企業やそこの社員に集積されるだけとなり、その結果、それぞれの立場で参画している企業内に本当の意味での“技術の蓄積”、“管理能力の蓄積”が減少していきました。

でも、バブルを背景としたふんだんな資金力で建築物は次々とできてゆきました。高い代価を払うことで、職人を集め、短時間のうちに大量の工事量を次々とこなしていきました。まるで建築版モダンタイムスを見るようでした。高価格な材料や工法を使用して出来た建物は、一見、豪華には見えますが、真の意味での“魂”が入ったものは果たしてどれだけあったのでしょうか?すなわち、“俺が作ったんだ!”とか“俺たちの手で作り上げたんだ!”といった充実感を有する建築物は、どれほどあったのでしょうか?

ただし、こういった時代背景の中でも、きっちりとした品質管理の下、優れた建築物が建設され続けたのも一方で事実です。日本人特有の“こだわりの建築群”が少数ながら作り続けられたのが建設業界の救いです。そしてこの流れは現在まで続いています。“建築の良心”は、未だ健全です。

■ バブル崩壊後 ― その時現場は?

5から10年にわたるバブルの間に失っていったもの、それぞれの企業における“技術の蓄積”、“管理能力の蓄積”のほかに、コストの削減から、バブル時代には惜しげもなく採用していた“外注化”も激減しました。それと同時に、外注先の社員に集積されていた技術も管理能力も失うことになりました。“技術不在”、“管理不在”の目覚めです。

このことに加え、異常とも思えるコスト削減が動機付けとなって発生したのが、いわゆる“姉歯問題”ではないかと筆者は分析しています。本来、データの捏造などは、きちっとした技術力や管理能力を身につけた人間がいれば十分に見抜けるものだと思います。外注化になれてしまった人々の気持ちの中に、“誰かがチェックをやるだろう。”という他人への依存性がベースにあり、かつ“何かおかしいぞ。”という問題発見能力の欠如が根底にあるのではないでしょうか。

それともう一つの側面、短工期化があると思います。超高層ビルの工期を見てみますと平均で昔より20%は確実に工期が短くなっているのではないでしょうか?工法の革新や新材料の台頭があるといっても限りがあり、パーヘッドをある程度に抑えざるを得ない人員配置では、真の技術や真の管理能力の発揮にはおのずと限界が見えています。また、所長、課長、職員といったそれぞれのレベルに従事する人々、いずれもが多忙を極め、OJT(オンザジョブトレーニング)による技術の伝承もままならない状態なんではないでしょうか。

また、昨今では、VEという言葉が大流行ですが、品質レベルを変えずに知恵と創意工夫によってコストを圧縮するという本当の意味でのVEにどれだけなっているのかはなはだ疑問に思えます。グレードダウンによる単なるコストダウンになっているケースも多々あるのではないでしょうか?

物の本質、道理を十分に勉強する機会を逸してしまったために、どのように対処すればベストな解決策なのか、最適解を出す手段を持たない面々が、ローコスト、短工期といった制約条件の中で、どのようにこなしていったらいいのかわからずに、苦しみもがいている姿が散見されます。

■ 技術コンサルタントは何故に必要?

それでは、ここで、本来の議題、品質事故の話に戻しましょう。高度な品質要求(Q)、限りある予算(C)、短工期(D)、環境対応(E)も含む厳しい安全基準(S)に取り囲まれた中で、どのようにしたら品質事故を回避できるのでしょうか?

昔のように、上司・部下がそろっていてOJTをしながら技術の伝承が図れたならある程度の知識や知恵の伝承が可能となり、品質事故を防ぐことが出来るかもしれません。しかし、現実には、それだけの人員が配置できるのは、大現場に限られるでしょう。また、短工期ということで、1日にこなさなければならない仕事量はそれぞれの立場で急増しています。OJTに避ける時間は確実に減っていると思います。

一方、建築物に要求される機能や性能は、日に日にレベルアップしていっています。それぞれの専門分野で相当突っ込んだ知識を有する、またその技術を駆使して生産に応用していく力が必要です。更に、最近は、海外調達する建材群が増加しているので、海外規格と国内規格の相違や生産方法の違いについても習熟した人材が必要になります。一例を挙げれば、外装カーテンウォールでは、ちょっとした規模以上のものが海外生産され、塗装の分野では、フッ素樹脂焼付けにとどまらず、高耐候性ポリエステル粉体塗装というかなり新しい技術にまで言及しなければいけない状況も出現しています。

こうなると、設計者や現場担当者の知識だけではもはや対応できません。その道の基本的知識を有し、それを実際の生産場面に展開することの出来る人材によるサポートが不可欠となります。

前述のアルミカーテンウォールの分野では、既に、そのような人材が出現しています。個人企業化された人、専門のコンサル会社でコンサルタントとして活躍している人など、もう随分おられます。各言う私もそのような業務が昨今急増しています。建設業界の仕上げの分野では、現在は、外装関連が中心ですが、いずれは内装や環境・設備といった分野でも重要になってくるでしょう。

日本では、技術コンサルタントというと、まだ余りメジャーな職域ではありませんが、欧米では、コンサルタント会社も数多くあり、そこに従事するコンサルタントの方達もかなりの高収入を得ていらっしゃいます。知識と知恵を持って、ある分野をきっちりとコーディネートできる能力、施主、設計者や施工者に対してハイコストパーフォーマンスの提案、提言を行い、ゼネコン、サブコン、メーカー間の有効なネットワークを構築して、合理的な設計・施工仕様を設定し、生産を援助する、そんな形が今後益々重要になってくると思います。

“品質事故”からの脱出のためのキーワード、それは、“真の技術コンサルタントの台頭”ではないでしょうか?

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